平成29年10月11日(水)に、京都リサーチパーク4号館(京都市下京区)において事業承継支援事業「~事業継続のための智恵と工夫~ 公開講座」を京都府よろず支援拠点との協同により開催しました。
今回の公開講座では、日本最古の日本画絵具製造販売元「上羽絵惚株式会社」十代目代表取締役の石田結実様と、コンサルティング会社と企業調査会社でのご経験をもとに、企業や業界の発展過程を様々な角度から研究されている近畿大学経営学部准教授の松本誠一様を講師にお迎えして、対談形式を交えながら、次代を担う事業後継者を対象に事業継続に欠かせない様々な事柄についてお話いただきました。
基調講演
基調講演では、「上羽絵惚株式会社」十代目代表取締役の石田結実様より、「時代に忘れられた胡粉を現代に活かした、娘の知恵」というテーマでご講演いただきました。
まず、上羽絵惚の260年にわたって受け継がれてきた事業と企業文化、現状についてお話しいただきました。江戸中期に京都で創業し、日本の伝統工芸品や文化財を彩る顔料を製造・販売している同社。職人の手づくりにこだわり続け、またニーズに合わせて改良を続けた結果、色数は1,200種類に至っています。明治維新、文明開化、太平洋戦争などなどで同業者が次々と姿を消す中、同社はいつしか「日本最古の絵具商」と呼ばれるように。バブル後、事業が窮地に追い込まれた時、石田様が考案した新製品「胡粉(ごふん)ネイル」によって起死回生を果たされたのです。
石田様が家業を継いだのは約12年前、会社は3億円の借金を抱えていたといいます。社内にもあきらめムードが漂う中、石田様が取り組んだのは「家業を守る」ことでした。まずは自社を知ることが肝心と、取引先各位や画材業界(同業者)と交流。異業種交流会にも参加するなど、様々な方と出会いを重ねるうちに、「ウチは絵の具屋という小さな市場だけではなく、アートをつかさどる会社なんだ」と気づくことができたと話されました。
折しも世はネイルアートの花盛り。顔料を用いて商品開発するのは容易いが、それだけでは芸がない。ネイルについて思考錯誤を重ねるうち、カーラジオやテレビ番組から、「無臭のネイルが欲しい」「除光液は肌が荒れるから嫌い」といった利用者の声を偶然耳にしたとのこと。上羽絵惚の顔料はホタテ貝を原料としており、これを応用して無臭かつ除光液いらずのマニュキュア「胡粉ネイル」を開発。身体にやさしくお子様からお年寄りまで安心して使えるネイルは評判を呼び、大ヒット商品に。本業も息を吹き返し、売り上げは2010年の販売開始から現在も右肩上がりを続けられています。
「胡粉ネイル」の堅調な売り上げについては、2つの理由を話されました。1つは「ストーリー」です。「胡粉ネイル」は広告宣伝を行わなくともテレビや雑誌などに取り上げられ、それが販促に直結しています。京都にある最古の絵具商がつくった人にやさしいネイルアート、という「ストーリー」がマスコミにウケているからではないかと話されました。もう一つは「色名(しきめい)」です。ネイルのカラーに「水桃(みずもも)」や「金雲母撫子(きららなでしこ)」といった伝統色の「色名」を使用していることが、日本人の感性に響くのではないかと話されていました。
「皆さんの会社にも、必ずストーリーはあります。また色を自己表現の手段とすることも大切です。これらを意識することが事業展開にも役立つのではないでしょうか」と話されました。
対談
続いての対談のテーマは、「本音のはなし、親の経営、価値を信じていた部分。納得できなかった部分。そして上羽絵惣は、なぜ市場を変えることに成功したか!」。基調講演の石田様と近畿大学 経営学部准教授 松本誠一様にご登壇いただきました。
コンサルティング会社と調査会社にて20数年のキャリアを持つ松本様は、石田様の講演を振り返り、上羽絵惣の成功のポイントを3つ挙げられました。1つ目は「生業は何をしているか」。2つ目は「他社にはないストーリーがある」こと。3つ目は「色に対する独自のこだわり」。これらのポイントは他社との差別化につながり、「正しい戦略とは、戦うことではない。いかに戦わないか」に通じるとのことでした。
対談の話題は、和絵具からネイルに移った経緯からスタート。ネイルの販売に不安はなかったかとの問いに対し、石田様は「不安はあったものの、現状のままではいけない」との思いに突き動かされたというお答え。松本様は、経営者の英断であったと評されました。また、商品開発については「ネイルが流行っているから」、「身体にいいから」ではなく、「色やアートへの徹底的なこだわり」と「(そこから生まれた)ネーミング」があったから成功したと強調されました。
事業承継については、石田様の「後継ぎへの抵抗感は無かった」との言葉を受け、「まさにそのとおり。じつは後継者には抵抗感の無い人も意外と多いんです」。これは後継者が継いでくれるか不安に思う事業承継をする側(現経営者)に伝えたいということでした。また、事業承継をされる側の人々に向けては「強い思いがあれば、本来は苦しい努力が楽しい努力になります。その先にはきっと共感してくださる方や喜んでくださる方がいるはずです」といったメッセージが告げられました。
講演
再び松本様に登壇いただいた講演では、「親の経営を継ぐとき、何を選択するのか」をテーマにお話しいただきました。
まず述べられたのは、「企業が永続的に発展するにはコラボレーションが大切」ということ。これを「共創(Co-Creation)」と呼び、石田様が同業他社やお客様にヒアリングに行ったことは好例、と述べられました。また、コラボレーションの相手は、顧客やライバルなども含めた、顧客価値を創造し得る組み方を考えることが効果的という視点をご紹介いただきました。
続いての話題は、「黒字廃業」について。後継者がいないことを理由に休廃業へ追い込まれる企業が急増していること、その4割が70歳以上で後継者不足から休廃業したと述べられました。また経営者が後継者を決定するうえで重視しているのは、やはり「親族」であることも述べられました。
事業承継を円滑に行うためのポイントとしては2点、「自社の資産を“広い目”で見た承継」と「“長い目”で見た(幅広い)承継」が解説されました。前者は知的資産として、目に見えない強みにも注目するということ。石田様を例にとれば「色へのこだわり」だと述べられました。後者は早期着手が鍵ということ。財産相続などの問題だけでなく、従業員の生活を含めた経営全般の問題として捉え、10年ほどかけてじっくり行うべきだそうです。
老舗企業研究から、企業が生き続けるためには大切なものを守りながら新しいものに挑戦する、「温故知新」が大切であると説かれました。例として、松本様が所属する近畿大学では、「マグロ大学」などユニークな新聞広告などが話題を集め、大学入試志願者数4年連続日本一の同校ですが、外部環境の変化に合わせて広告手法は変えてはいるが、建学の精神については確実に守っていると、ご説明いただきました。
次の事例として紹介されたのは、上羽絵惣と松本様の教え子(大学生)のコラボ企画。「胡粉ネイルを今使っていない人に販売してほしい」との依頼を受け、当初は10代を対象に考えたものの、価格面でハードルが高いことに気づき、そこでターゲットを高齢者にしたところ大好評。視点を変えることの重要性を説かれました。
また、多くの場合、経営者と後継者がそれぞれ考える企業の強みや弱み、今後取り組みたいことなどが大きく違うことに触れ、それをそのままにせず、文書で“見える化”して話しあい、仕入れ・調達先や得意先、社員、銀行、家族に伝えないといけないと話されました。「承継すべきものには、目に見えないものもある。だから、広い目を持つことが大切。また、きちんと話しあう機会を持つために、長い目を持つことが必要である」とまとめられました。
事業説明
最後に、当センターより、京都府プロフェッショナル人材戦略拠点事業について、ご説明させていただきました。当事業を通じて、地域に新しい優良な質の高い雇用を生み出して、人や仕事の好循環を創出することを目的とし、中小企業の攻めの経営を力強くサポートしています。
また、京都府商工労働観光部ものづくり振興課より、「事業承継税制」について、後継者が非上場会社の株式などを先代経営者から贈与または相続により取得した場合、贈与税や相続税の納税が猶予される制度と手続きなどについて、説明させていただきました。(詳細はこちら)
最後に、当事業の今後の内容について、京都府よろず支援拠点よりご案内させていただきました。